塩狩峠・代価を払う&一千万人救霊

2005年6月、塩狩峠の出来事が心に思い起こされ、祈り始めた後にある御言葉が示されました。

天の御国は、畑に隠された宝のようなものです。人はその宝を見つけると、それを隠しておいて、大喜びで帰り、持ち物を全部売り払ってその畑を買います。(マタイ13章44節)


ご存知のように長野政雄氏の殉教は当時のキリスト教界に大きなインパクトを与えました。

そのような壮絶な証があったにもかかわらず、彼の記憶は風化しそのエピソードは同教会の教会員であった三浦綾子自身もそれまで知りませんでした。この話が小説化されることによって再び人々に知らしめられ、三浦文学の中でももっとも人気のある小説のひとつとなりました。三浦綾子の働きは、まさに宝を掘り起こす働きだったのです。

彼女の功績によりキリスト教が身近なものとなり、旭川の三浦綾子文学記念館には開館時には年間6万人以上の入場者が押し寄せ、多くの人々に感動を与えています。

それほどであるなら、そこを訪れる多くの人がクリスチャンになっても不思議ではないのだが実際にはそうではありません。それどころか三浦綾子文学記念館の職員のほとんどすべてが未信者という有様です。

これは単に小説だけの問題ではありません。ブームは下火になったとはいえゴスペルブームによって多くの人が福音に触れており、またキリスト教式のチャペルウエディングが多く行われているにもかかわらず日本のクリスチャン人口は増加していないのです。


私の印象では本来、日本に与えられるべき祝福の十分の一しか受け取れていないように思います。日本のクリスチャン人口は100万人程度ですが、これだけキリスト教が人気であるなら本来は1千万人いるべきなのです。

この1千万人に対して百万人という比率、すなわち十分の一という数を見て何か思い出さないでしょうか。十分の一とは落し物を拾った人がその持ち主に対して「謝礼」として請求する権利のある金額なのです。

たとえばあなたが苦労の末に豊臣家の埋蔵金を探し当てたとします。あなたは多くの宝を手にしたことを喜ぶかもしれませんが、あなたはそれのすべてを手にできるわけではありません。なぜならそこがあなたの土地でないのであるなら、あなたはすべてを受け取ることはできません。人の土地の埋蔵金は落し物扱いなのであなたが手にできるのは本来の十分の一なのです。


ここに、私たちがしなければならないことが現れています。私たちがどれだけすばらしい宝を発見したとしても、それだけで全てを手にできるわけではありません。それでは何をしなければならないのでしょうか?聖書にはなんと書いているでしょうか?

マタイ13章44節にはまずその宝を隠したと書いています。どうして隠したのでしょうか、発見したことをその場で公表したら自分の取り分は十分の一だったからです。

キリスト教がブームであることを喜んで、ただ、それによって信者が増えるだろうと期待を持っている状態というのは単に宝を発見したことを公表しているだけに過ぎません。必要なのは代価を支払うことなのです。

どれほどの代価を支払ったのでしょうか?彼は財産の全てを売り払ったのです。

私達はこの日本に、北海道に多くの宝が埋まっていることを知っています。しかし、その祝福の全てを手に入れるためには、代価を支払って自分のものとしなければならないのです。

日本の教会は小さいながら、多くの宝を発見してきました。キリスト教は人気のある宗教のひとつであり、悪いイメージを持っている人はほとんどいません。しかしどんなにすばらしい宝を持っていたとしても、私達がこの土地を代価を払って自分のものとしない限り取り分はほんの十分の一なのです。


i一千万人救霊

この本来の取り分が10倍であるべきであったことを知るなら、過去に混乱をもたらした啓示に対して理解があたえられます。

80年代の後半から幾人かの海外のミニスターに一千万人救霊のビジョンが与えられ、日本の教会もそのビジョンを受け取り一千万人救霊を目標にがんばっていました。ところが21世紀に入ってもそれが実現しなかったときに、多くの人は失望し、預言に対する不信感だけではなくリバイバルという言葉に対しても一部の人たちはアレルギーを感じるようになりました。

しかし、混乱してはなりません。神の言葉は真実です。たしかに主は一千万人の魂の救いはおろかそれ以上の人たちを救いに導いてくださいます。ただ、私たちに必要なのはビジョンをキャッチするだけではなく、祈りにおいて、とりなしの行動において代価を支払いこの土地を自分のものとしていくのです。

これらのことを踏まえて私たちは2005年7月に塩狩峠にとりなしのツアーをいたしました。そしてこの祈りは単に塩狩峠や三浦文学だけの問題ではありません。神がこの日本に与えた宝の100%を手にするための預言的行動なのです。


一千万人救霊の夢が砕けた8年前と現在が異なる点は、現在多くのとりなし手の祈りや使徒的ミニストリーによって代価が支払われ土地が買い取られているということです。

ですから私たちは、これから、主がなしてくださる働きにおおいに期待したいと思います。主は確かに一千万人、いやそれ以上の魂をこの日本に与えてくださるからです。


この祈りの行動をしたのは2005年でしたが2008年1月にそのことを再び思い起こされました。それで祈りの塔の時間(夜中の3時ごろ)に全員で三浦綾子によって掘り起こされた宝の取り分がすべて与えられるように祈りました。


その祈りをした後、次のようなエピソードを聞かされました。

その翌朝「塩狩峠、愛と死の記録 」(いのちのことば社の)著者である、中島啓幸さんが椎名林檎というJ-POP系の歌手に会いに行きました。それは彼女に自分の本をプレゼントするためでした。というのも椎名林檎は新潮社が出している三浦綾子の小説「塩狩峠」の宣伝に顔写真入りで「、、以来十年経つ現在でも、当時の衝撃が衰えることなく私を支配します。是は私のテーマです。」と語っているほど塩狩峠の大ファンだったからです。

この宣伝のおかげで、売り上げはかなりアップし、特に高校生の「塩狩峠」ファンが増えたそうです。


その後、中島啓幸さんの活動がどうなったかは知りませんが、こういった出来事を通じて神は私たちの祈りの方向が確かであることを示しておられるように感じます。

とりなし通信に戻る