祈りの祭典国際大会in名古屋のレポート

みなさんのお祈りをありがとうございます。

無事に3日間の聖会に参加し札幌に戻ってまいりました。

私達夫婦は土曜日から滋賀にある私達の枝教会を訪問していたので合計5日間の旅行となりました。

札幌祈りの塔として名古屋大会に積極的に関わりたいという願いから、数ヶ月前から祈りの塔を担当することができるという旨を伝えておりました。それゆえ私たち夫婦と西森牧師はツアー旅行が指定したホテルではなく夜間の祈りの塔の会場である純福音名古屋教会近くのホテルを取りました。

札幌祈りの塔が担当したのは5日、6日のライオン門の時間(午後4時〜6時)でしたが、祈りの塔をコーディネイトされている先生に「祈りの手本を見たい」と依頼されたので、初日の正午からの祈りの時間にも参加いたしました。

特別な祈りをしたわけではありませんが、札幌で普通に行われている賛美と祈りを用いた預言的な祈りを見た別の祈りのリーダーのカナダ人女性が「このような祈りは名古屋で日本人が導くのを見たことが無い」といって喜んでおられました。

この札幌で普通に行われているであっても外に出るとき大きな祝福となっているのです。


最初のオープニングの集会で、この祈りのネットワークのメンバーでもあるミキ鷹(高田さん)が琴の演奏をしました。数人で演奏するのかと思っていましたが琴はたった一人だけでした。楽器が多ければより良いのはもちろんですが、それ以上に、早くも北海道勢が大切な役割を果たして大会に貢献しているのを見てうれしくなりました。

彼女が琴を奏でることの意味は単に弾く以上のものです。2006年に預言の言葉が与えられ励まされ、準備し、札幌で用いられ、エルサレムで用いられ、そして名古屋で用いられたのです。


賛美の後に、「祈りの祭典とは何か・この3年間に何がなされたか」というテーマでプロジェクターを使用した10分間のプレゼンテーションをしました。

その際、沖縄の重要性についても言及し、沖縄から来た人がこの会場にいるかどうかを会衆に向かってたずねたところ一人の男性が手を上げました。2006年の大阪大会には沖縄からの参加は一人もいなかったのでこの一人はとても重要に感じました。

(ちなみに2008年の北海道大会には10人前後の人が沖縄から来ていました。)

祈りの祭典in北海道2008における沖縄への祈りのレポートはこちら

夜の聖会では西森牧師が献金の祈りを導き、また東アジアの一致の為の祈りを導きました。


エベネゼル緊急基金の出店をしました。参加者が2000人ぐらいあると見込んで、それなりのパンフレットを持っていきましたが、パンフレットは一向に減りません。それもそのはず祈りの祭典の参加登録者数は約1800人いましたが、その内8割近くの人がポルトガル語を話すブラジル人だったからです。

翌朝の午前4時からのライオン門の時間に祈りの塔を導くためにフルゴスペル名古屋教会に行きました。大人数が集まっているわけではありませんがそこで楽しく過ごすことができました。

翌日の同じライオン門の時間(午前4時~6時)は西森牧師が祈りを導きました。前日より参加者も増え、熱い祈りがなされていました。


翌日午後は、マーチフォージーザスが開催されました。あいにくの雨でしたが、全参加者数は約2000人だったそうです。ブラジル人パワー炸裂でとても盛り上がっていました。

このような集会に参加する大きな祝福の一つはいろいろな人との出会いです。

2006年にエルサレムの祈りの祭典で出会った「エステル」というタンザニアの女性と再会しましました。彼女は日本に留学経験があり上手に日本語を話します。彼女は「義の太陽の旗」のデザインがインターネットで流れていることを話してくれました。デザインを通じていろんな方面に道が開かれていくことを感じます。

プレゼンテーションの時間に沖縄から来たことを表明された沖縄出身のアメリカ人男性と話をしました。


その大会の中で多くのすばらしいメッセージがありましたが、特に目を引いたのがイラン人牧師のRAZA師のメッセージです。彼はイラン、イラク、パキスタンなどに24時間の衛星放送で福音を伝えています。

この働きの故に彼の首には賞金がかけられ、この放送をつぶそうという工作活動がなされていますが彼は屈しません。

ある人が彼に聞きました。「あなたはイラン人達を恐れていないのですか?」

彼は答えました。「私が愛する人をどうして恐れることができましょうか。」

(第1ヨハネの手紙4:18) 愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです。

このような命がけの愛を見るときにイエス・キリストの愛を思い起こさせます。


この旅行を通じて感じたことは北海道が持っている底力です。祈りの祭典が3年連続北海道で開催されましたがこのようなことは突然起こったわけではなく、これまで7年かけて合同賛美と祈りの集会という形で培われたものがあったからこそ実現したのです。

また、今回会場でCFNJ聖書学院の卒業生と会いましたが、彼らは北海道で行われている聖霊によって流れる賛美を体験しています。このような人たちが北海道から日本中に送られているのですから、さらに活躍の機会が与えられることによって、良いものが回りに分かち合われていくと思います。

そういった意味において今回CFNJ聖書学院が大きな祝福であることを感じました。


今年の祈りの祭典は北海道では開催されませんでしたが、この北海道で結ばれた実は確実に成長し日本を祝福していることを感じます。